幸せだと良い曲を作れない???

「幸せだと良い曲は書けない。」「人間、不幸な時の方が良い曲を書ける。」などという言葉を、ちょくちょく見聞きします。そういう言葉が出る度に「うんうん、そうだよね!」と賛同する人達も結構います。

しかし、その度に、私は「え〜?それは違うんじゃない?」と思うのです。

私の考えは、こうです。

幸せ一杯な時はもちろん、とても辛く悲しい時でも音楽を忘れられない人、自然と音楽が胸の内から、体から、沸き上がるほど音楽が日常的なものになっている人だからこそ良い曲を作れるのだろうと。

あるいは、どんなに辛い時でも音楽があれば生きていけるほど音楽を愛していて支えにしている人だから。

またあるいは、言葉に出来ないぐらい辛い思いでも音楽でなら表現出来るというぐらい、音楽がその人の表現として根付いているから。

だから、「幸せだと良い曲を作れない。」なんて考え(表現)には違和感を覚えるのです。

第一、本当に不幸な状態というのは、物理的に作曲活動出来ないとか思いついても残す術がない状態でしょうから、「良い曲」が生まれていたとしても誰もそれを耳にする事は出来ないではないですか。

少し話がそれますが、日本人(だけじゃないかも??)の傾向として、幸せな人、幸せである事を公言する人よりも、不幸せである事を公言する人の方に情を寄せがちであるように思います。”気楽に生きていそう”に思える人(本人はいろいろ抱えていても努力していても)には冷たく、いかにも”頑張っている””耐えている”人には優しい。つまり、不幸な人が好きな人種なのかも知れません。

自分が余裕のある時には気にかけて優しくかまってあげる事で自分の存在感を高める心地良さがありますし、自分に余裕のない時には、同胞を得たような嬉しさがあるでしょうから。

それはごく自然な事で、悪い事ではないと思います。自己承認欲求に大きく絡んでいることでしょう。そこは満たされた方が良いです。

でも、自他ともに不幸である事を美化するのは良くないと思うのです。誰もが幸せな方が良いに決まっているじゃないですか。

それぞれに頑張って生きているのは立派である意味幸せな事なのに「不幸な人」と認定する事が良くないとも思います。

あんまり長々書き過ぎると、自分でも何を言いたいのかわからなくなってくるので、こんなもんにしておきます。^_^;


一応、月に一度は何か書いておいた方がいいのかな〜と、更新しました。^^;

新曲なんかはちょこちょこ作って公開しているんですが、ここで告知してもほとんど読んで下さる方はおられないのわかっていますので、つい書かないままになってしまいます。

なんと、今年は現時点で24もの音源を投稿しておるのですよ。

(他人様のページで公開していただいているものを入れると、もっとあります。)

コラボ作と古い音源、即興シリーズを除く生粋の”新曲”となると8曲程度になりますが、それでもまずまずなペースではありますまいか?しかもアルバムも1枚作ったし♪

現在のところで、今年公開した自作音源で割と気に入っているのは、「嫌われ者のアイデンティティ」「うずうず」「知ったこっちゃない」「森の声」「弦の響きから」「夕陽が映る川」「クロワッサンの歌」かな。

コラボ作に関してはまた別枠で、どれも気に入っております♡素敵な方々とご一緒出来て、有り難い限りです!人脈は素晴らしい宝物!!

Sigil Project(Sigil*WAJIN)official web site

こちらは、Sigil*WAJIN及び Sigil*WAJINプロデュースによる不特定メンバーユニット Sigil Project(シギルプロジェクト)のwebサイトです。 シンセや鍵盤ハーモニカを用いて、ノンジャンルにインスト、歌モノを作っています。

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