ミックスとかマスタリングとか

周囲だけ見ていてもだし、メジャーでもよくリミックス版だのリマスター版だのとして出される既存の曲の別音源があるけれど、それって、凄くわかる気がする。やり直してみたり違う感じに仕上げてみたい気持ち。

時代の音ってのがあるし、気分によって先のヴァージョンが随分大人しく聴こえたり煩く感じたり、「あー、このパートが出過ぎだな。」とか逆に「このパートをもっと出した方が。」ってのがある。「Highが足りない。」とか「Lowが足りない。」とか「エフェクトかけ過ぎ。」とか「もっとエフェクトティヴな方が面白いんじゃないか。」とか。

オール生のインストなどは、きちんと録れていてバランス良くミックスされていればそれで良さそうなものだけど、それでも「悪くはないけど、もっと違う感じでも•••。」ってな事もあるもの。実際、メジャーレーベルから出されている音源はかなりエフェクトかけてあるものを、同じアーティストさんが自主レーベルで出されているものはドライで、リスナーからするとそっちの方が目の前で演奏されているようで良かったりなんて事もあるものだ。


クラシックじゃないオーケストラもの(ドラマの音楽とか)で、折角生楽器なのに、まるで打ち込みみたいに各楽器の音量が揃い過ぎていて不自然で気持ち悪いモノもある。「いやいや、その楽器はそこまで音量ないよ〜。」と思ったりクリア過ぎて混沌と音の周波数帯域が混ざり合った”にごり”の魅力なり迫力に欠けていたりして。


今や、素人でも自宅録音でそこそこの音質であれこれ豊富過ぎるぐらいのツールを使って、なんとなく”それっぽい”音に仕上げる事が出来る。それは素晴らしく有り難い事なのだけど、手放しで喜べる事ではないと思う。

本当に個々の楽器の出音を知り尽くしていて、その魅力や楽曲における役割を充分にわかっている人でないと出来ない事もあるし、そういう人であってもイマドキの音ってのを研究していたり冒険心がないと、スタンダードだが面白くない音になる場合もある。

もう、そうなってくると、正解などないのだ。

ただ言えるのは、スッピン美人はいつの時代でも最強ってこと。

元々の出音が良かったり声が良かったりすれば、そこは基本的に何もいじる必要はないし、下手にいじるとその時はイマドキな音であっても、後から聴くと時代感溢れる古臭い音になりうる。

60年代の音源を聴いていても、良いものは良いと思うのは、そもそもがスッピン美人で余計な手を加えていないからだろう。(意味のあるいい具合の化粧はほどこしている。)

イマドキの、歌には補正かけまくって、楽器の音も過激に演出しまくっているものは、後の世に聴くとそれも時代感のある古臭い音になるんだろうな。90年代なんかもなかなか酷い。

とりとめのない事を書いてしまったけど、こんな事を書きたくなるのも、このアルバムの音にヤラレたせいもあるかも知れない。1968年のアルバム。素晴らしい音だと思う。

https://www.youtube.com/watch?v=gr0XWmEbiMQ&list=LLCK7Ot_qv-v3zkbGfFURNKw&index=74&t=780s


Sigil Project(Sigil*WAJIN)official web site

こちらは、Sigil*WAJIN及び Sigil*WAJINプロデュースによる不特定メンバーユニット Sigil Project(シギルプロジェクト)のwebサイトです。 シンセや鍵盤ハーモニカを用いて、ノンジャンルにインスト、歌モノを作っています。

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